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教 育
バランスト・スコアカード(balanced scorecard, BSC)という経営ツール
職員の戦略意識が醸成され、組織や業務への理解も深まる
日本大学商学部 教授 髙橋淑郎先生
経営戦略立案・実行・評価のフレームとして、主に企業で利用されてきたBSC(balanced scorecard)が、医療機関でも活用されるようになってきました。私が導入支援に関わった事例だけでも、その数は60件を超えています。BSCは、組織のビジョンと戦略を実現するために、戦略を4つの視点(学習と成長、内部業務プロセス、顧客、財務)に落とし込むことで、戦略コントロールすることを支援するもので、調剤薬局にとっても有力な経営ツールになるでしょう。
戦略マップで方向性を明確に
具体的には、SWOT分析などを行い、ビジョンと戦略を実現するために鍵となる内部と外部の要因を組織内で議論する形で進んでいきますが、そのプロセスでコミュニケーションの充実が図れる点が重要です。日常業務は部門ごとに進むことが多いため、組織全体のコミュニケーションが不十分になっているケースが見受けられます。さまざまな職種・階層の人が部門を越え、同じテーマについて意見を交わすことで、お互いに「気づき」が生まれ、コミュニケーションが活性化され、お互いの信頼関係が強まっていきます。
議論を通じて、自らが所属する組織や仕事に対する理解も深まります。戦略マップを作ることで、先ほどの4つの視点の因果連鎖を縦に考えることができ、組織の方向性が明確になります。つまり、戦略を可視化できるということです。そして、スコアカードを作り目的手段の横の関係を考えることで、戦略目標、重要成功要因、成果尺度、目標値、アクションプランの関係が見えてきます。各自が何のためにその仕事をしているのかが理解できれば、戦略的な思考を持って業務に取り組むことができるようになります。また、自らが関わる業務を全体の方向を理解した上で、一連の流れの中で捉えることで、周囲の人に対する配慮もできるようになります。これは関連する各職種のすり合わせや相手に配慮した業務展開が出来る基礎となります。
BSCは、改善を進めるという点で従来のTQM、QC、CQIなどとよく似ていると言われますが、常に組織のビジョンと戦略を意識して組織のトップが全体をリードしながら、現場で納得する戦略を策定し、実行するための議論を進めていくという点に違いがあります。現場からの改善の積み上げではなく、トップが大きな方向性を示すという点に特徴があります。また、組織のビジョンと戦略を実現することを最終目的としていますが、場合によっては初期のBSCのように包括的業績評価のみを目的とするなど、組織の状況に合わせたさまざまな使い方が考えられます。しかし、仮に、包括的業績評価から入っても、次のステップとして、戦略のマネジメントへの進化を考えることが重要です。
部分最適化ではなく全体最適化を
これまでの医療機関は、各部門・各部署で部分最適化を追求してきました。診療、看護、調剤などの各部門が、それぞれの立場で努力を続けることで、充実した医療の提供を目指してきました。ただし、それは部分最適化ではあっても、病院全体の最適化が図られているわけではないのです。外部環境と内部環境の急速な変化によって医療機関でも、組織としてビジョンと戦略を実現するために各職種、各部門での全体最適化が求められています。BSCを利用することで、異なる部門に所属する人同士が、同じ方向にベクトルを合わせ、組織としての戦略を常に意識することで組織の全体最適化を図ることが可能になります。
例えば、多店舗展開をする調剤薬局の場合は、まず本部のミッションとビジョンを示し、その上で、各店舗に本部の戦略マップやスコアカードを示します。また、本部のスコアカードのアクションプランを見ながら、自店舗に関係する箇所をいかに実行するかを考えることで、各店舗でも個別に戦略マップとスコアカードを作成、本部に提示し、各店舗の職員に示します。本部では、それらの内容が本部としてビジョンに合っているかをチェックしながら、組織全体をマネジメントしていきます。本部が、何を目指して、どう行動しようとしているのか、各店舗に理解してもらうことが必要です。全体のビジョンや戦略が明確になっていなければ、現場での議論は深まっていかないということです。
ファシリテータが議論を活性化
議論は、さまざまな部署から人選した5、6人のチームで進めていくと効果的です。その際に欠かせないのが、ファシリテータの存在です。ファシリテータは議論の当事者ではありませんが、議論を活性化するような提示をしながら、最終的にビジョン沿った戦略マップやスコアカードが作成できるように全体をリードしていきます。このファシリテータの存在が非常に重要です。
手順としては、まずSWOT分析とクロス分析をして経営課題を抽出し、それを企業のビジョンやミッションとの整合性をチャックしていきます。また、クロス分析では、外部の機会の中で内部の強みをどう生かすか、外部の脅威に対して内部の強みをいかに利用するかといった手順で4つのマトリックスで考えていきますが、実際にはそんなに単純なことではありません。経営者でしたら、強みを生かしながら、弱みを上手くフォローし、どう外部の機会を成果に結びつけるか、もっと複雑に考えると思います。BSCでは、それを単純化しているので、矛盾する部分も出てきます。現場の職員が考えるには、最初は単純にして考えることからスタートしていくことが必要です。
次に、戦略テーマを考え、戦略マップをテーマごとに作成し、それぞれにスコアカードを作成していくと分かりややすくなります。その後、それを各部門に落としていくという作業になります。
スコアカードを作成していく中では、戦略目標と成果尺度を設定し、どのような目標値を設定するかがBSCを左右します。例えば、ある視点の成果尺度を「新患比率」という数値を取る場合、新しくカルテ番号を付けるまったく初めての患者なのか、しばらくぶりに来院して、初診料をいただく患者なのか、どちらで見るのか十分に議論しておく必要があります。さらに、これまで各部署で使われてきた成果尺度の延長として考えるのではなく、あくまでも戦略目標を達成するためにどういう成果尺度が必要なのかという観点から考えなければいけません。また、取れるデータから尺度を考えるというのではなく、何を持って戦略目標の達成を測定し、それに正当性、妥当性、正確性などが確保されているかを考えることがポイントになります。
自分たちで考え答えを出すことが重要
BSCの導入を、経営コンサルタントやシステムインテグレーターに依頼するケースもありますが、その際には十分注意が必要です。頼まれた側としては、できるだけ早く「こんな成果が上がりました」と示す必要があります。そのために、出来合いの分析システムを導入する、あるいは病院の職員に考え抜かせないで、彼ら自身が戦略マップなどを作ってしまうこともあります。それでもBSCはできますが、組織の中には何も残りません。現場の人間が「考え抜かなければ」、何のために導入するのか分からなくなってしまいます。
私は、「紙と鉛筆で作るBSC」という提案をしています。トップの理解と支援を受けた上で、職員それぞれが考え、みんなで議論して、BSCを作成するということです。戦略目標と成果尺度を常に意識しながら、自分たちで考え、戦略を意識し、戦略をいかに達成するかを自分たちで「考え抜く」という経験が大切なのです。成功のストリーをみんなで共有することで、ひとりひとりが何をしなければいけないのかが見えてきます。BSCは、「職員が考え抜く」ことを経験することが重要です。それがあって始めて、BSCは「戦略経営実践のフレームワーク」として機能するといえます。
